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東京高等裁判所 平成5年(ネ)2772号 判決

控訴人

高村三千男

棚沢淳子

町田勝

右三名訴訟代理人弁護士

西嶋勝彦

角田由紀子

被控訴人

景元寺

右代表者代表役員

岩井俊一

被控訴人

景元寺檀信徒会

右代表者代表世話人

渋谷十

右両名訴訟代理人弁護士

馬橋隆紀

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人景元寺は、控訴人らに対し、昭和五九年から平成五年までの各年度(毎年四月一日から翌年三月三一日まで)における会計報告書及び各年度末における財産目録を閲覧させ、かつその備え付け場所において謄写させよ。

三  被控訴人景元寺檀信徒会は、控訴人らに対し、昭和五九年から平成五年までの各年度(毎年八月一日から翌年七月三一日まで)における現金出納帳、収入・支出各内訳簿などの会計帳簿一切を閲覧させ、かつその備え付け場所において謄写させよ。

四  控訴人らの被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じこれを三分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨及び当審で拡張した請求の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人景元寺(以下「被控訴人寺」という。)は、控訴人らに対し、別紙目録一ないし三記載の各文書を閲覧及び謄写させよ(当審で対象文書の年度を延長し、請求を拡張した。)。

3  被控訴人景元寺檀信徒会(以下「被控訴人檀信徒会」という。)は、控訴人らに対し、別紙目録四及び五の各文書を閲覧及び謄写させよ(前同)。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  控訴の趣旨及び当審で拡張した請求の趣旨に対する答弁

控訴棄却及び当審で拡張した請求棄却

第二  当事者の主張

原判決事実第二記載のとおりである。ただし、原判決五枚目裏四行目の「文書の」を「文書を」と、同七枚目表四行目の「特」を「等」と、それぞれ訂正するほか、原判決添付第一目録を別紙目録のとおり訂正する。

第三  証拠

原審及び当審証拠目録記載のとおりである。

理由

第一当事者

被控訴人寺が、天台宗の宗教法人であること、被控訴人檀信徒会は、被控訴人寺の檀信徒で組織され、会員相互の連携により被控訴人寺の管理保全に当たっている権利能力なき社団であること、控訴人らは、被控訴人寺の檀信徒であり、被控訴人檀信徒会の会員であることはいずれも当事者間に争いがなく、右檀信徒会は、法一二条二項、二三条、四四条二項等にいう「信者その他の利害関係人」に該当するというべきである。

第二被控訴人寺と被控訴人檀信徒会との関係について

前記当事者間に争いがない事実に加え、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第八号証、乙第一ないし第五号証に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

一被控訴人寺の歴史は必ずしも明らかではないが、江戸時代に周囲の住民の自用地にあった墓地を一箇所に集め、これを葬祭したことがその起源のようであり、そのため、被控訴人寺の運営はかねてから、その周囲の住民である檀家によってなされ、右檀家によって迎えられた僧侶が本尊たる阿弥陀如来と墓を守り、祭儀を行ってきた。戦後、被控訴人寺は、比叡山延〓寺を総本山とし、天台宗の教義を広める宗教法人となったが、寺院のこのような基本的性格は変わらず、また、檀家の中で、天台宗の信徒の占める割合は必ずしも多くはない。その檀信徒の数は、現在一三六名である。

二本件寺院規則では、三名の責任役員が業務の決定機関であって、その中から選ばれる代表役員が業務執行機関であるとともに住職となり、右代表役員は、本寺となる宗教法人吉祥寺の代表役員がこれを兼務し、同人が他の二名の責任役員を任命することになっているが、現実には、これらの責任役員は、代表役員を含めていずれも被控訴人寺で執務及び宗教活動をすることはなく、すべてその代行者たる庵主が右執務及び宗教活動を行っていた。右庵主は、右寺院規則上の「代務者」に該当するものであるが、規則に定める代表役員の選定等の手続はとられず、被控訴人檀信徒会が適当と認めて寺に迎え入れた僧侶がその任に当たってきた。

三被控訴人檀信徒会は、被控訴人寺の檀信徒によって組織され、会員相互の連携により被控訴人寺の管理保全に当たることを目的とし、その目的達成のため、会員相互の連絡協調、被控訴人寺の管理保全の事業を行う社団である。被控訴人檀信徒会の機関には、総会と世話人会があり、総会では、規約の改廃、役員の選出、会計に関する事項を審議決定し、世話人会は、本件檀信徒会規約並びに総会の決定に従って業務を遂行する。被控訴人檀信徒会の役員としては世話人、総務、監事があり、世話人の互選によって、代表世話人、副代表世話人、会計各一名を選出し、その役員が、同時に被控訴人寺の総代となる。また、被控訴人檀信徒会の経費は、土地賃貸借料、墓地貸与料、墓地管理料及び寄附金をもって賄うこととされ、その決算は毎年度末会計において会計報告書を作成し、監事による監査を受けたのち、総会に報告し、その承認を得なければならないとされている。なお、被控訴人檀信徒会の会計年度は、毎年八月一日から翌年七月三一日までである。

四本件寺院規則によれば、被控訴人寺の資産は、特別財産、基本財産及び普通財産とされているが、右特別財産及び基本財産にいかなるものがあるかは、財産目録が公開されていないため、全く不明である。また、被控訴人寺の経費は特別財産及び基本財産以外の財産及びそこから生じる果実並びに一般の収入である普通財産をもって支弁するものとされているところ、右普通財産としては、土地賃貸料、墓地貸与料、寄附金等があるが、これらはすべて被控訴人檀信徒会の会計の対象となっており、現実には被控訴人檀信徒会が右収入を管理し、そこから寺の経費を支弁している。ただし、被控訴人寺の庵主が宗教活動によって得る収入は、庵主の生活費となる。また、支出については、被控訴人檀信徒会が、被控訴人寺の財産のうち、課税対象となる部分についての公租公課、保険料、庭園の維持費などを支払い、また、右庵主にも一部補助を行っている。このように、被控訴人寺の収入、支出のほとんどは被控訴人檀信徒会が掌握しているところ、同会の活動は、右財務に関する事項の処理のほか、墓地等、被控訴人寺所有の不動産等の管理が主であり、特に宗教的な活動は行っていない。

五被控訴人寺の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三一日に終了するとされており、被控訴人檀信徒会の会計年度とは異なっているが、実際には、前記のように、被控訴人寺の会計はすべて被控訴人檀信徒会が掌握していることもあり、両者の会計は前記庵主の収入を除いては、不可分一体なものであって、被控訴人檀信徒会の総会に提出される毎年(毎年八月一日から翌年七月三一日まで)の収支決算書が、同時に被控訴人寺の会計報告書ともなっていた。右総会の議題は、主に各期の収支決算報告及びその承認のほか、役員改選等の件である。なお、被控訴人檀信徒会がその財務に関する事項につき、いかなる会計帳簿を作成、保管しているかは必ずしも明らかでないが、毎年、その収支を示す会計報告書が作成されていることからすれば、少なくともその元となる現金出納帳、収入・支出各内訳簿等の帳簿は作成されているものと推認される。

第三被控訴人寺文書の閲覧請求について

一控訴人らが、被控訴人寺文書の閲覧請求権を有するか否かについて検討するに、法には、檀信徒に寺院の帳簿、書類の閲覧請求権を認めた規定は存在しないし、また、本件寺院規則にも右閲覧請求権を認める規定はない。

しかし、法二三条は、宗教法人が不動産又は財産目録に掲げる宝物を処分する等、同条で定める一定の行為をしようとするときは、信者その他の利害関係人にその旨を公示しなければならないと規定しているうえ、法四四条は、宗教法人の解散の場合に、信者その他の利害関係人に意見陳述の権利を認めるなど、その財産関係の事務処理について、信者その他の利害関係人の意見を反映させる機会をもうけている。

また、法二五条一項は、宗教法人に財産目録の作成を義務付けるとともに、同条二項において、宗教法人の事務所に財産目録、責任役員会議議事録等の一定の書類、帳簿の備え付けを命じているところ、右備え付け義務は、何ぴとかの閲覧を予定したものと考えられるが、宗教法人の監督官庁や税務当局がその職責上これらを閲覧するのは閲覧権というより調査権能及び監督権能に基づくものであり、責任役員がこれらを閲覧するのも宗教法人の事務処理機関としてその職務を適正に遂行するために当然のこととして認められるのであって、いずれも備え付け義務の有無にかかわりなく行われる性質のものであることからすれば、右閲覧の主体は、信者その他の利害関係人であると解することには十分理由がある。

寺院の檀信徒が、法にいう信者その他の利害関係人に該当することは前記のとおりであるうえ、とりわけ、檀信徒は、単に寺院の布教活動の対象というにとどまらず、基本財産、僧侶とともに、寺院の構成分子となっていること、また、寺院は、檀信徒から礼拝の施設等の財産の寄進を受けたり、日常の収入面でも檀信徒に依存する場合も多く、檀信徒が寺院の存立の経済的基盤となっていること、その意味で、寺院の予算、決算及び会計その他の財務に関する事項がどのように処理されるかは檀信徒にとって重大な利害関係を有することであること等からすれば、檀信徒は、少なくとも寺院の財務に関する事項については法律上保護された利益を伴う一定の地位を有するというべきである。

このように考えると、法二五条二項は、宗教法人の書類、帳簿備え付け義務の反面として、少なくとも寺院の檀信徒には、当該寺院に対する書類、帳簿の閲覧請求権を認める趣旨であると解するのが相当であり、前記のように、法及び本件寺院規則に明文の規定がないことも右解釈の妨げとなるものではない。

二殊に、先に認定した被控訴人寺と被控訴人檀信徒会との関係からすれば、被控訴人檀信徒会の構成員である控訴人らが、被控訴人寺の備え付け義務のある書類、帳簿の閲覧を求めることができるのは明らかというべきである。すなわち、被控訴人寺は、沿革的には周辺の住民たる檀家によってその運営がされてきたものであり、戦後、天台宗の教義を広めることを目的とする宗教法人となったのちも、その基本的性格は変わらず、檀家及び信徒の集まりである被控訴人檀信徒会が適当と認めて迎え入れた僧侶がその宗教活動を行い、寺の収入及び支出も、もっぱら被控訴人檀信徒会によって管理、運営されてきたのみならず、被控訴人寺の会計、経理と、被控訴人檀信徒会のそれとはほとんど不可分一体のものとなっていたことが明らかであり、これらの事実からすれば、寺院規則の規定にかかわらず、被控訴人寺の管理運営の主体は、被控訴人檀信徒会であると認めるほかない。

被控訴人檀信徒会は、被控訴人寺の檀信徒が集まってできた組織であり、その業務執行は総会の意思決定及び本件檀信徒会規約に基づき、その役員の集まりである世話人会によってされているものであるが、前記認定のように、被控訴人檀信徒会は、被控訴人寺の管理運営の主体であり、その会計は被控訴人寺の会計とほとんど不可分一体をなしているものであるから、被控訴人檀信徒会を構成する個々の檀信徒は、被控訴人寺の会計に関する事務処理を是正したり、被控訴人寺の管理運営に関する被控訴人檀信徒会の世話人会の責任を追及することができる地位にあるといわなければならない。

したがって、右会計事務の是正あるいは世話人会の責任を追及するために、控訴人ら被控訴人寺の檀信徒には、法二五条二項により被控訴人寺が備え付けを義務付けられている帳簿、書類の閲覧請求権が認められるというべきである。

なお、先に認定の事実によれば、右の帳簿、書類は、被控訴人寺の宗教的活動と関わるような性質のものではないから、右閲覧請求を認めることが、被控訴人寺の宗教法人としての活動を侵害するとか、宗教的結社の自律権を損なうものでないことはいうまでもない。

三したがって、控訴人らは被控訴人寺に対し、法二五条二項に定める帳簿、書類の閲覧請求権があるというべきであるところ、別紙目録一記載の書類のうち、会計報告書は、同条二項三号の収支計算書に該当すると認められるが、予算は、同条二項に定める書類には当たらないし、同目録三の預貯金通帳についても、同条二項各号のいずれにも該当しないというべきであるから、右閲覧請求は、対象とする昭和五九年四月一日以降平成五年三月三一日までの被控訴人寺の会計報告書及び財産目録の閲覧を求める限度でその理由がある。

また、右閲覧請求権を認める趣旨、目的からすれば、右のような多年度にわたり相当の量に達すると思われる書類については、その謄写をも認める必要があるが、その備え付け場所から持ち出しての謄写まで認めるのは相当でないから、控訴人らの謄写請求は、備え付け場所での謄写を求める限度で理由があるというべきである。

四控訴人らは、檀信徒会規約第一〇条、第一九条に基づいて、または知る権利に基づいて別紙目録一ないし三記載の文書の閲覧を求める権利を有すると主張するが、檀信徒会総会が会計に関する事項を審議決定する権限を有し、会計報告を承認する権限を有するからといって、そのことから直ちに、個々の会員が、法二五条二項を根拠とする以外に、固有の権利として檀信徒会文書ではない右各文書の閲覧請求権を有すると認めることはできないし、知る権利という一般的、抽象的な権利のみで右閲覧請求権を根拠づけることも困難である。

第四被控訴人檀信徒会文書の閲覧請求について

一次に、控訴人らの被控訴人檀信徒会文書の閲覧請求について判断するに、被控訴人檀信徒会は、被控訴人寺の檀信徒によって構成されるいわゆる権利能力なき社団であり、その運営について本件檀信徒会規約が定められていることは前述のとおりであるところ、右規約には、会員たる檀信徒が会の帳簿、書類の閲覧を請求できる旨の規定はない。

しかし、右規約上、被控訴人檀信徒会の会計に関する事項は総会の審議決定事項とされ、毎年度末において会計報告書を作成のうえ、総会に報告して、その承認を得なければならないとされていることからすれば、個々の会員にも右審議決定の前提として、その会計処理が適正になされているか否かを審査する権限が与えられているというべきである。

もっとも、ある社団がその構成員に一定の事項について審議決定する権限を認めた場合においても、その事項に関し、その構成員にいかなる審査方法を認めるかは基本的にその社団の自律に任せるべき事柄であり、当該団体の規則等の定めがあればそれに従うべきことはいうまでもないが、本件檀信徒会規約上、右のような帳簿、書類の閲覧請求権を認めた規定のないことは前記のとおりである。

しかし、右規約は比較的簡単な内容のものであって、本件のような閲覧請求という事態が生じることを念頭に置き、これを否定する趣旨で作成されたとは必ずしも認めがたいし、また、右のような会計に関する事務処理が適正になされているか否かは、社団の構成員にとって重大な関心事であるところ、その適否を審査する方法としては、会計報告書の記載内容を検討するほか、総会において、役員らに質疑をする等の方法があることはいうまでもないけれども、右会計報告書の原資料となった帳簿、書類を閲覧し、その正確性を確認することが最も有効な方法であるうえ、そのような方法によってしか、会計処理が適正かどうかを検証できない場合も多いと考えられる。なお、右帳簿、書類の閲覧が社団の機関に一定の負担を強いることは否定できないけれども、それが社会通念上相当な方法で行われる限り、社団の機関として受忍の限度を越えるようなものであるとは認めがたいし、前記認定のように、被控訴人檀信徒会は特に宗教的な活動を行なっている団体ではないこと等からすればそれが被控訴人檀信徒会の自律権を侵害するものともいえない。

このようにみてくると、本件檀信徒会規約に、その帳簿、書類の閲覧請求に関する規定がないことをもって、右閲覧請求権を否定することはできず、被控訴人檀信徒会の構成員である控訴人らは、被控訴人檀信徒会の会計に関する事務処理が適正になされているか否かを審議決定する前提として、同被控訴人に対し、現金出納帳、収入・支出各内訳簿等の会計帳簿一切の閲覧を求めることができるというべきである。

二したがって、被控訴人檀信徒会は、控訴人らに対し、昭和五九年八月一日以降平成五年七月三一日までの各年度の右会計帳簿を閲覧させる義務があるというべきであるが、右のようなその閲覧の目的等からすれば、現金出納帳、収入・支出各内訳簿等の会計帳簿に加え、預貯金通帳までの閲覧が必要であるとは認めがたいから、控訴人らの被控訴人檀信徒会文書の閲覧請求は、右会計帳簿の閲覧を求める限度でその理由があり、その余の請求は失当である。なお、謄写請求については、第三、三と同様である。

第五以上の次第で、控訴人らの被控訴人らに対する閲覧及び謄写請求は、いずれも該当年度につき、被控訴人寺文書については、その会計報告書及び財産目録の、また、被控訴人檀信徒会文書については現金出納帳、収入・支出各内訳簿等の会計帳簿の、いずれも閲覧及び備え付け場所での謄写の限度でその理由があるからこれを認容し、その余の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却する。

よって、民訴法三八六条により、右と一部結論を異にする原判決を変更し、訴訟費用の負担について同法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙橋欣一 裁判官矢崎秀一 裁判官及川憲夫)

別紙目録

一 被控訴人景元寺の昭和五九年四月一日以降平成五年三月三一日までの間の各年度作成保存の予算及び会計報告書

二 被控訴人景元寺の昭和五九年四月一日以降平成五年三月三一日までの間の毎年三月三一日現在の財産目録

三 被控訴人景元寺の昭和五九年四月一日以降平成五年三月三一日までの間の預貯金通帳(定期預金証書を含む)一切

四 被控訴人檀信徒会の昭和五九年八月一日以降平成五年七月三一日までの間の各年度作成保存の会計帳簿一切

五 被控訴人檀信徒会の昭和五九年八月一日以降平成五年七月三一日までの間の預貯金通帳一切

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